戦後の風俗

前回に引き続き、今回もまた風俗の歴史を
調べてみようと思います。
戦争が終わった直後の時代…
戦後の風俗嬢はどうだったのかという事を調べてみます。
しばらく調べてみると、次の事が分かりました。
戦後すぐに、進駐軍向けに「RAA」という慰安所、
すなわち、売春施設が出来ます。
しかし、性病が蔓延したので廃止になってしまい
次に「パンパン」と呼ばれる売春婦みたいな人達が
街中にたくさん現れて
男性にお金を貰って体を売る商売をしていました。
そして、「赤線」といわれる売春街が出来て、
その赤線で「パンパン」と言われる彼女達も
その赤線で働き始めました。
また、この赤線が喫茶店みたいな扱いの仕事として
国から許可を貰ったので「飲食店従業員」という
扱いの仕事になったらしいです。
今、風俗店で働く人達を飲食店従業員と呼ぶのは
これが起源でしょうね。
そして赤線も無くなっていくと
また彼女達は違う風俗に移ったようです。
こうして、調べてみると風俗も歴史が深いですね。
貴方がご利用になっている徳島 風俗
の歴史も調べてみたら意外と面白いかもしれませんよ(^o^)丿

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